この画像は確か29日のものです。
天気が良かったので日向ぼこ。

昨日も天気が良くて暖かかったので、今日こそワンズをお風呂に入れようと頑張りました。
我が家では室内もそんなに暖かくはないので寒い銅鑼灣 Hair salon間はお風呂はパスです。
ワンコもお風呂あがりに寒いだろうし、何より飼い主が風邪をひく恐れがあるのでパスしています。

ワンズはお風呂に入れている間に何度も胴震いしますし、その間に飼い主は結構濡れます。
お風呂から外に出るときも抱きかかえて出るので、その時にも濡れます。
飼い主がワンを洗うのが下手なだけなのかも。

実は肩が痛いのに加えて、数日前から腰が痛くて、ハクを抱っこするのにも気をつけています。

腰が痛いのにわざわざ抱っこをすることはないのですが、夕食後に凛太郎が抱っこをせがみます。
凛太郎はほぼいつも、思いが叶うまで、それはしつこい。
よほどしんどいかめちゃくちゃど眠くない限りは毎夜スキンシップをしています。

凛太郎を抱っこすると、ハクも「ボクも」と凛太郎を抱っこをしている最中からチョイチョイと手を出し、身体を擦りつけてきて要求してきます。
なので、凛太郎を下ろしたら、よっこらしょとハクを抱っこです。曲がる時と元に戻るときに腰の後ろがギクッと痛みます。
ちなみに肩消化系統も重さで痛みます。ワンコには片方だけに何かするということは基本しません。ちょっとくらい痛くても、寝る時以外は2匹に同じように接しています。

お風呂は中腰にもなるので、ちょっと「危険」なのですが、この温かい日を逃してはいけないと頑張ったわけです。

いつものように凛太郎を先に入れ、ほぼ完璧に乾かしてから、ハク。
やはりいつものようになかなか乾かないハク。やはり途中で疲れ果て、ハクの方もいつもの通り我慢の限界で、今日は家の中も温かいからきっと大丈夫と生乾きで終了。
私の腰は無事でした。

そして自分がお風呂に入って出てきたら、ハクが蓄熱暖房機の前で震えていました。

えっ!!! 蓄熱暖房機の前でも寒い!? 

ハクが震えているのを見るのは久しぶりです。
最初の頃は雷や、自衛隊の演習音で見ているのも可哀想なくらいブルブルと震えていて、そのたび に抱きしめて「大丈夫やで」と言ってやっていましたが、音がすると「誰か来た!」「外に何かいる!」と吠える凛太郎を見習うようになり、今では家の中では 怖がらず、凛太郎と一緒に吠えています。でも家の敷地から一歩でも外に出ると、演習音がしている時や、猟師さんの鉄砲の音がするときは足を止め、先に進む のを拒否しますが、今では震えはありませんが一番年輕專家怖いのはどうも鉄砲の音のようです。

なので、小さく震えているハクを見てビックリぽんな私でした。

「寒いんか?お腹減ってるんか?シッコか?」と矢継ぎ早に尋ね、とりあえず外に出したらシッコをし、震えはとまりました。

シッコを我慢していたのかも。とにかく震えが止まってほっとしました。

夕飯もいつものようにあっという間に平らげたので、健康状態には心配がないと思います。

ワンコが震えるとドキッとします。

今日は朝は肌寒かったので、いつものようにダウンジャケットを着て10時半ごろに散歩に出かけたら、どんどん気温が上がってきたようで、汗ばんで帰ってきました。
ワンズも散歩から帰ってきて、しばらくは日向ぼこをしていましたが、「入れて!」と言った後は、いつものように「出して」がありませんでした。

急に暑いのはワンコの日向ぼこ感覚でもあまり歓迎されないのかも。

そうそう、昨日お風呂の後に、凛太郎の耳毛(耳を覆う毛)が大分長くなっていたので、切ってやりました。
尻尾の毛も地面に着くほどでしたので、そちらもカット。

尻尾はわりに上手く切れたのですが、耳毛はおかっぱみたいになるはずだったのにガタガタに。
飼い主もお風呂あがりに、重く感じる自分の髪を少し切りましたがこっちも失敗。左右非対称。

親子でガタガタ。

いつぞやの。(使いまわしってやつ)
今日は投青島自由行書の原稿を書きましたーやっと清書したーおっせーよw
お昼ご飯食べる前に!って思って手直し始めたら
結局お昼ご飯は13時過ぎ。
まあ、一人ご飯だから特に誰かに迷惑をかけるわけでもないから
いいんですがね。

今日中にはポストに投函してこよう。
メール送れば済むんだけど、なんとなくわたしは自分の手で書くという
行為をしなければ気が済まない。
なんかこう、手ごたえが感じられないし
その行為護肝を大切にしたい。

こんな時代だからこそ。

昨日は久しぶりに主人とドライブ。
予定が思った以上に早く終わっちゃって、することないし
お金かけずに楽しめるもの。すなわちドライブ!

紅葉スポットに遭遇して、入場料かかるけど行く?行かない?え、行く!
みたいなー
でも、駐車場着いたらもう今日は終わりました、て。
なんじゃい!
時間かいとけー。
というか、意外と近かったことにビックリした。

テキトードライブは色んな発見があって面白いね。
ナビ子に任せるのは味気ない。

そして。
田舎が大好きだ―!!!と叫びたくなったよ。
いっつも言ってる。飽きるほどに。

家に居るのに、パトカーや救急車の音が聴こえたりすると
どうも精神衛生上よろしくない。
主人もわたしも、実公司註冊家の周りの交通量は少ない?んーと
少ないというよりは車道に接してないからね。
どうも参っちゃうよ。

 本書は1994年刊行された「老いと死から逃げない生き方」を改題し、加筆・修正したものです。

 まえがき

 「死に方」は「生き方」です。従って、「死に方上手」は、上手な死に方ということではありません。死ぬまで上手に充実した人生を送るにはどうしたらいいかを、考えましょうということです。
 これまで、日本人は「死」を嫌い、考えないように避けてきました。しかし、「生」の充実のためには、「死の助け」が必要なのです。ちょうど、甘味を増すために塩がいるように。
 繁殖を終えたら(定年、還暦頃)、「死を視野に」入れて生きれば、その後の人生は、随分と締まったものになるはずです。
 今の年寄りは、あまりにも発達したといわれる近代医学に、過大の期待を抱きすぎています。どんな状態でも、病院へ行きさえすればなんとかなるとの思いを強く感じます。
 しかし、年寄りの不具合は、老化か老化がらみに因るものが大半です。残念ながら、近代医学に、年とったものを若返らせる力はありません。だとすれば、いまさら大病院の専門医のところへ押しかけてみたところで、すっかり治ることなどありえません。
「治らないものは治らなくてよい」と明(あき)らめ、「治す」ことを諦めて悪足掻(わるあが)きを止めると、生きるのがとても楽になるはずです。
 もちろん、医療は、人生を安楽に過ごすために利用する一つの手段です。従って、完全に治したいなどという大それた望みではなく、少しでも楽にという気持ちで利用されるのは構いません。
 年寄りは、「老い」にはこだわらず寄り添い、「病」にはとらわれず連れ添う。「健康」には振り回されず、「医療」は、あくまで限定利用を心がけ、「死に時」が来たら、まだ早いなどとぐずらないで素直に従うというのが、上手な生き方だと思います。
 それには、繁殖を終えたら「死を視野に」入れて、「明日死んでもいい生き方」をしているかを、折に触れて点検し、修正を繰り返しながら、その日まで生きることでしょう。
 また、死にかけてから、いろいろな延命手段を講じられても、嬉しくもありがたくもありません。そこで本書では、繁殖を終えた者に対しては、ふだんから 「死を視野に」入れたかかわり方を提案するとともに、これまで、誰も触れてこなかった「延命介護」の問題に斬り込んでみました。
 勝手なことを書き連ねましたが、読者諸兄姉に、いくばくかでも参考になりましたら、望外の喜びです。

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