わたしのブログは、ひとりツッコミ、ひとりボケ、自問自答、完結型。
本人は、気分スッキリ。
この文体に慣れていたが、ある日、個人にメールを送ったときに、過ちを犯した。
一刀両断、自分を斬る書き方で独植牙り言、つぶやき風の箇所を入れたメールを書いたら、
読んだ方が、ものすごく動揺し、火を噴いた。

「あなたは、二つの顔がある。天使と悪魔だ」

なんと大げさな、と、わたしは、慄いた。

そんなすごいことを書いたっけ???

まったく思い当たる節がなく、とりあえずは、陳謝し、(これは、けっこう腑に落ちなかったが)
その後、送ったメールを一文一文、検証する作業に取り掛かった。

この段落は、こういう意味、次の段落は、ああいう意味、さらに、その次は、こんな意味・・・
だいたいは、文字通りの意味なんですけど・・・
みたいなかんじ。

わたしは、相手を怒らせるような要素は、まったく書いていないつもりだった。
が、くまなく、ひとつひとつ懇切丁寧商鋪裝修にチェックした結果、どうやら、その魔の一文があぶりだされた。

「あまり頑張りすぎず、アンチエイジングも、ほどほどに」
こんなかんじの箇所。
自分が最近、自分や、年齢に関連して感じることで、もちろん、わたしは自分のことを言ったのだが。
(「ほどほどに」の後に、「したいとわたしは思います」が必要だったか?)
読んだ相手は、自分のことだと受け取ったらしい。
(「ほどほどに」の後に「してください」とご自分で付け足した様子)

烈火のごとく怒られてしまったわけだが、反省もした。
誤解を招く書き方を自分では自覚せず、知らず知らずにしてしまったのは、わたしだ。
書き方も反省の余地があるが、内容が、デリケートだったようだ。
お年寄りをへんに刺激してはいけない。
わたしはまだ、本格的な年寄りだと自分のことを思っていないので、気軽に表現しているが、
深刻なお年寄りにしてみると、さらっと笑えないようだ。(その人も、さほど超お年寄りではないが)


わたしのいつものブログの文章は、気をつけなければいけない、と思った。
メールの時は、いちいち念入りに考え、チェックし、送ることになった。
めんどくさくて、メールが遠のきそうにもなった。
というか、思いを書けないメールなど、たんなる事務伝達だ。
もともとメールは、そういうためのものであるが。

怒りスイッチが、意外なところに隠れていることを発見したわたしは、
当然ながら、そのスイッチを押さないよう、丁寧に扱うことになったが、ある意味、距離を置いた。
触らぬ神にタタリなし。

年を重ねた方のプライドたるや、すごいなあ、とも感じた。
尊敬するかといえば、めんどくさくなった。
わたしは、めんどくさいのが、苦手。
腫れものに触るかのごとく、ではあるが、文章を書くのは苦にならないので、
メールを書くときは、相手によって、言旅遊市場葉を選ばなければいけない、と、肝に銘じた。
(なんて、大げさな)
というか、そういう類のことは、むしろ得意だったりするので、じつのところ、なんの苦労もしていない。


ということは、わたしの文章は、じつに、軽いということだろう。
そりゃあそうだ、毎日毎日、ブログを、ちゃらちゃらと、たいして考えもせず、思いつくままに文字にして
アップしているのだから。

心のこもったことを書く場合もあるのだが、
ついつい、演出過剰になってしまう傾向にあり、自分でも困っている。
(という、この書き方自体が、すでに演出過剰)

ということで、文字による、ぺらぺらオシャベリも気をつけなければいけないということだ。
気を悪くされている方々も、大いにおられることだろう。